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カレームの著作

カレームはその生涯で5点(建築関連のデッサン集である「パリの美観を引きたたせる建築デザイン集」も含めれば6点)の著作を出版しています。それらは現代においてはもはやすべてが希覯本で、手に入りにくいだけでなく極めて高価でもあります。
しかし、幸いなことにそうした希覯本もいまではインターネットを通じてデジタル化された電子書籍が簡単に入手でき、閲覧可能になりました。
また、フランスでは復刻本(ファクシミリ版)も相次いで刊行され、これは Amazon などを通じて日本でも購入できます。
このページではそれらカレームの著作についてそれぞれの簡単な概略を紹介するとともに、電子書籍で閲覧可能なものや Amazon で購入可能なものについてはそのページへのリンクを貼りました。
電子版は主に3つのソースから配信されています。
ひとつは Google が提供する Google Book で、ここには古今の膨大な図書のコレクションがあり、特に著作権が消滅している資料については全ページ閲覧可能であるだけでなく、PDF形式でダウンロードもできます。
もうひとつは Gallica で、これはフランス国立図書館(Bibliothèque nationale de France)が提供する電子図書のサイトです。こちらも閲覧とダウンロードが可能になっています。
さらにもうひとつは Archive.org が主宰する Internet Archive です。著作権の消滅した書物や映像、音源などがいろいろなフォーマットで提供されています。カレームの原著もかなり揃っています。

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Google Book と Gallica、Internet Archive の利用法は「図書室」で詳しく解説していますから、興味のある方はそちらをご覧ください。
入手困難な原典に直接あたることができるという僥倖を十分に活用して、カレーム研究をより一層深めていただければ幸いです。

カレームの著作リスト


Pâtissier Royal Parisien
パリの宮廷菓子職人

カレームの最初の著作であり、パティシエとしての集大成とも言える著作。全2巻からなり、1815年発刊の初版では総ページ数が2巻合わせて1300ページにも及びます。
パティスリーの基本とも言うべき「デトランプ(小麦粉に水を加えて練った生地)の考察に始まり、大掛かりな宴会(エクストラ)で供する大型菓子から現代フランス菓子でも見られるプティ・ガトーまで、当時のパティシエが扱っていたあらゆるジャンルのパティスリーを網羅しています。
1828年には第2版を出していますが、この版は初版から大幅に改訂されており、いくつかの章が削除されたためにページ数がかなり減りました。そうした改訂を行なった理由について、カレームは第2版冒頭の緒言の中で自ら説明しています。
その後も本書は何度か版を重ねていますが、1842年の第3版以降はカレームの死後の刊行であり、レシピの部分に大きな変更はありません。ただ、序説(Discours Préliminaire)にはかなり手が加えられており、初版と第2版の序説に見られた他の類書の著者に対する過激ともいえる非難の言葉がそっくり削除されています。もちろんこの世にいないカレーム自身が削除したわけはありませんから、後世の編集者(おそらくフレデリック・ファヨ)による修正です。もしかすると同業者を攻撃する文章を残しておくことが営業政策上好ましくないと思ったのかもしれません。
他の版で興味深いのはカレームの死後50年近くを経て刊行された1879年の新装版です。この版ではタイトルが Pâtissier Royal Parisien ではなく、Pâtissier National Parisien に変更されています。第3共和制が誕生して間もないこの時期に、書名の一部とはいえ、Royal という言葉が意図的に忌避されたことが窺えて時代を感じさせます。
この版では図版が折込ではなく本文中に挿入される形をとっていて、しかも新たに描きおこされたものなので非常に鮮明で美しいのも特徴です。また、重量や長さの単位がメートル法に基づいたものになっているところにも時代の変遷を見て取ることができるでしょう。

電子書籍版
ファクシミリ版


Pâtissier Pittoresque
パティシエ・ピトレスク

プロフィールでも紹介しているように、カレームは建築に対して異常とも言えるほどの関心を寄せていました。特に16世紀イタリアの建築家であるビニョーラが提唱する5つのオーダー(円柱と梁の組み合わせ)についてはその理論を徹底的に研究し、自ら図面を起こしてピエス・モンテを製作する際の設計図にしたほどでした。
カレームのピエス・モンテは正確無比の構造ゆえにきわめて強固で、モデルとなった建造物は細部に至るまで忠実に再現されました。その背後にカレームの建築に対する深い造詣があったことは言うまでもありません。
「パティシエ・ピトレスク」はそんなカレームの建築志向が十二分に反映されたピエス・モンテのデザイン集です。初版の出版は「パリの宮廷菓子職人」と同じ1815年。パティシエとしての集大成である「パリの宮廷菓子職人」とは別に、建築理論に則ったピエス・モンテの本をわざわざ出したところにカレームの強いこだわりが見られます。
「パティシエ・ピトレスク」は大きく分けて3つの部分から構成されています。
第1章は「所見」。ピエス・モンテの素材となるパート・ドフィスやパート・ダマンド、パスティヤージュの作り方や扱い方に関する説明のほか、バイイの店でのピエス・モンテ製作にまつわる興味深いエピソードなどが語られています。
第2章は「図版の解説」。ここでは図版の説明がまとめてなされています。図版そのものは第3章の後の56ページから掲載されており、全部で110点あります。
第3章はビニョーラの5つのオーダーの解説で、カレームのこだわりが強く見える部分です。第3章に該当する図版はピエス・モンテの図版の後に30ページにわたって掲載されており、これだけ見るとまるで建築専門書のようです。

電子書籍版
ファクシミリ版
再編集版

上記の他に最近になって再編集されたポケット版があります。こちらはサイズが小さい上にピエス・モンテの図版が20点足らずとだいぶ縮小版になっています。

再編集版(Mercure de France刊、2016年)



Maître d'Hôtel Français
フランスのメートル・ドテル

カレームの時代の料理の世界にあって、メートル・ドテルというのは特別な存在でした。なぜかというと、宮廷や貴族などのいわゆるグランド・メゾンの厨房を仕切るメートル・ドテルは単なる料理人ではなく重要な役職のひとつだったからです。歴史上有名なメートル・ドテルのバーテルは、主君の主催する饗宴で十分な準備ができなかったというそれだけの理由で自らの胸を剣で貫いて自害しました。それはバーテルがメートル・ドテルという役職にきわめて高いプライドを抱いていて、仕事のミスはすなわち死に値するものだという強い信念を持っていたからです。
そんなメートル・ドテルという地位にカレームが固執したのは、ある意味では当然のことだったように思えます。なぜなら、貧民出身ゆえの強烈な上昇志向の持ち主であったカレームには、単なるパティシエやキュイジニエには終わらないという強固な意志があったに違いないからです。カレームにとってメートル・ドテルについての本を書くことは、自分が他人の何倍もの努力を重ねてようやく昇りつめた栄えある地位を周囲にアピールすることでもありました。「フランスのメートル・ドテル」から彼の他の著書にも増して誇らしげな香りが漂ってくるように感じられるのはそのせいに違いありません。
カレームの自己主張は、「フランスのメートル・ドテル」に付けられた「昔の料理と現在の料理の比較」という副題からも窺えます。この副題には、自分は若き日に王立図書館に熱心に通って古い料理書を徹底的に学んだのだという強い自負が込められてます。
1822年に初版が出版された「フランスのメートル・ドテル」は2巻本で、第1巻第1章は古い時代の料理の考察に充てられています。ここで取り上げられているのは18世紀の料理書である「コムスの恵み」と「宮廷の食事」、そしてラ・シャペルの「現代の料理人」です。そして第2章からは1年にわたる(カレームにとっての)現代の料理のメニューが、1月から12月までの月ごとに延々と書き連ねられていくのです。これがなんと第2巻のはじめの4分の1のところまで続きます。
この長々と続くメニューで興味深いのは、これがおそらくカレームが実際に体験した饗宴の記録にもなっているということです。つまりこれは、カレームの実際の仕事の内容を類推する貴重な資料であるとも言えるわけです。
なお、第2巻(新版では第1巻)の巻頭には有名なコック・コート(制服)姿の新旧2人の料理人のイラストが掲載されています。このイラストについてのカレーム自身の解説も第2巻の最後に掲載されており、これも注目点のひとつです。

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ファクシミリ版


Cuisinier Parisien
パリの料理人

カレームは1828年になって初めて書名に“料理人(Cuisinier)”の文字が入る書物を出版します。「パリの料理人」がそれで、書名から類推されるようにこれは「パリの宮廷菓子職人」と対をなすものです。
しかしこちらは1巻本で、しかも中をのぞいてみると料理全般を体系的に網羅したものではなく、どちらかというとパティスリーに主眼が置かれているようないささか中途半端な内容です。これにはわけがあります。
「パリの宮廷菓子職人」の第2版の緒言(Préface)を見てみましょう。

第2版では、できるだけ私のレシピに修正を施し、ある程度の補足を加えてある。デッサンをより多様で優雅なものになるよう描き直し、私の原画を練達のアーティストに版刻してもらった。しかし、同時にまた私は、そうした多大なる出費を考慮すると、「冷製アントレ」と「甘味のアントルメ」の項を割愛せざるを得なかった。本のページ数をあまり増やさないためにであり、この変更によって若い職人たちにも購入しやすいものとなることを望んだのである。この2つの部門が今日の料理の一部を成すことは異論の余地のないところであるが、そこに私は多くの増補を加えたので、別個に一冊の本にすることに決めた。(樫山文男訳)

つまり、「パリの宮廷菓子職人」の改版の結果割愛せざるを得ない部分が出てきてしまったので、カレームはそれをベースにもう一冊の別の書物を作成し、それが「パリの料理人」だというのです。その結果、パティスリーに偏った中途半端な料理書が出来上がったのでした。
同様の説明は本書の「前書き(Avant-propos)」の中にもありますが、こちらはもう少し具体的で、かつ、過激です。

料理人の中には愚かにも“良いパティシエは決して良い料理人になれない”という者がいるが、それは彼らがパティシエを軽視し、嫉妬しているからだ。

本書のパティスリーに偏った内容は、カレームのパティシエとしての意地であったようにも感じられる記述です。
もっとも、カレームもこの本の出来には忸怩たる思いがあったのでしょう、その後「パリの料理人」のサブタイトルであった「19世紀のフランス料理術」をメインタイトルに据えた本格的な料理書をあらためて書き著わすことになります。
「パリの料理人」はこうして製菓書とも料理書ともつかない書物になってしまいましたが、これは裏を返せば、カレームにパティシエからキュイジニエに移行する過渡的な時期があったことの、ひとつの裏づけであると言うことができるかもしれません。
「パリの料理人」は Amazon から Kindle Book 版も出ています。Amazon Kindle をお持ちの方はこちらの利用もお勧めです。

電子書籍版
Kindle Book版


L'Art de la Cuisine Française au Dix-Neuvième Siècle
19世紀のフランス料理術

「パリの料理人」でもどかしい思いをした(?)カレームが満を持して書き下ろした意欲作、それが「19世紀のフランス料理術」です。
これは文字通りフランス料理の集大成とも言える書物で、ここにはもはやパティスリーは影も形もありません。また、カレームの体系化志向がよく現れている書物でもあります。
「19世紀のフランス料理術」は全5巻。堂々たる大部ですが、実はカレームが直接手がけたのは最初の3巻のみで、残りの2巻はカレームの死後に弟子のアルマン・プリュムレによって完成されています。
プリュムレが編纂したこの第4巻と第5巻については、カレームの著作とするにはいささか疑念が残ります。というのも、カレームの遺稿をまとめたとされるこれら2巻は単なるレシピの羅列に過ぎず、カレームの所見や解説が一切入っていないからです。
ですから、「19世紀のフランス料理術」は最初の3巻で完結しているという見方にはかなり説得力があるように思えます。
それはともかく、「19世紀のフランス料理術」にはさまざまな意味でユニークな点があります。
ひとつは料理の説明とは別にいくつものエッセイが収録されていることです。たとえば第1巻の冒頭にはレディ・モーガンへの長い献辞に続いて「セント・ヘレナにいるナポレオンの歴史的かつ料理上の覚書」というエッセイがあり、さらにその後には「セント・ヘレナ島訪問記」が続き、これで終わりかと思うと「料理の歴史」と題された大論文が待ち構えているといった具合です。読者は、第1章の「ポトフの分析」に辿りつくまでに何と130ページもの長丁場をつき合わされるのです。これだけでカレームの意気込みが十分に伝わってきます。
第2巻の巻頭には「思念と金言」と題されたカレームの言葉が28ページにわたって掲載されています。その1節を紹介すると、

Le homme de lettres sait jouir des plaisir de la gastronomie.
(教養ある人はガストロノミーの歓びを享受する法を知っている。)

こうした料理の解説と直接関係のない文章は、自分は単なるパティシエ・キュイジニエではないという、カレームの自己主張を裏付けるものです。
ユニークな点のもうひとつは、肝心の料理の解説を「ポトフ」という本来だったら宮廷の料理人が決して取り上げないような素朴なスープから始めていることです。その理由についてカレームは本文の中できちんと説明していますが、これも貧民出身のカレームならではの選択といえるでしょう。
カレームが目指していたフランス料理の体系的な再構築とは、いったいどういうことなのでしょうか。その答えを解く鍵こそこの最初の3巻にあります。それを意識してこの3巻を読み解けば、無駄な回り道のように見えた数々のエッセイや金言もカレームの狙いを理解するうえで重要な意味があることが分かってきます。「19世紀のフランス料理術」はそういう意味でもきわめて重要な文献なのです。

電子書籍版
ファクシミリ版


Projets d'Architecture Pour Les Embellissements de Paris
パリの美観を引きたたせる建築デザイン集

カレームの著作の中で、これだけはちょっと異質です。というのも、これは料理とまったく関係のない建築物のデッサン集だからです。
そもそも公に出版することを目的としていたかどうかも定かではなく、あるいはカレームが自分の関心の対象であった建築物をピエス・モンテの参考にするため個人的に画家に依頼して描かせたものかもしれません。
描かれたのは1821年から1826年にかけて。これを6冊の小冊子にしてフォリオ形式でまとめたのが本書ですが、カレームの死後に再出版した時点ですでにデッサンの大半が失われていたようで、残ったものも状態はあまり良くなかったと思われます。
描かれた建造物はパリとサンクト・ペテルスブルグの建築や記念碑、噴水などで、カレームはこのフォリオを当時のフランス王であったシャルル10世とすでに故人であったロシアのアレクサンドル1世に捧げています。
以上のような事情で、現存している「パリの美観を引きたたせる建築デザイン集」も状態が悪く、しかも本来6分冊であったもののうち残っているのは5分冊のみ。したがって、Gallica で公開されている版も5分冊のみです。また、Amazon を通して購入できるファクシミリ版も Gallica の版に依っているため同じく5分冊だけが販売されています。
図版は書籍自体の劣化のため線が薄くなっており、大変見づらいのも残念なところです。

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