歴史の部屋
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はじめに

歴史の部屋にようこそ。ここはガストロノミーの歴史について簡単な知識を提供するための場所です。
ガストロノミー。この言葉はよく耳にします。特に食の楽しみへの関心が高まった1980年代以降のいわゆる“グルメ・ブーム”をきっかけに雑誌やテレビなどのメディアを通してこの言葉を耳にする機会が増え、一般の人びとの間にも広く浸透しました。
その一方で、ブームの恩恵に与ろうと何でもかんでも美食の枠の中に押し込めてしまおうとする風潮の中で、ありきたりの料理をさも高級そうに見せるおまじないのような役割をガストロノミーが担わされたことも少なからずありました。
そうした弊害が現れたのも、ガストロノミーという概念そのものに明確な定義がなく、常に曖昧な独りよがりの解釈にさらされてきたせいです。
そもそもガストロノミーというのはいったい何なのか?
それを知る上で大切なのは、やはりその誕生から発展の過程を経て現在に至るガストロノミーの歴史を知ることです。
ガストロノミーという概念はどのようにして生まれ、どのようにして人びとの間に行き渡り、どのように変容して現在に至っているのか?
その探求の中からこそ、ガストロノミーはようやくその真実の姿を現してくるのではないでしょうか。ガストロノミーの歴史を探る目的は、まさにそこにあります。
というわけで、次のページからさっそくガストロノミーの歴史を見ていきたいと思いますが、その前にもうひとつ。
ガストロノミーという言葉の定義について少し触れておきましょう。
ガストロノミーの定義については、ブリア・サバランの次の言葉が有名です。

ガストロノミーとは、人の食に関するあらゆることについての体系的な知識である。
ブリア・サバラン「味覚の生理学」36ページ

この定義に従えば、ガストロノミーというのは食生活を豊かにするために身につけておくべき一種の教養のようなものである、ということになります。教養ですから当然実体はありません。つまり、具体的にガストロノミーの料理といったものがあるわけではないのです。
ですから、たとえばどこかのレストランのシェフが「当店のガストロノミーを心ゆくまでご堪能ください」というとき、その言葉の使い方は間違っていることになります。ガストロノミーは堪能するべきものではなく、教養として身につけるべきものだからです。
しかし、実際にはこのシェフのような使い方でガストロノミーを捉えている人がほとんどでしょう。それはたぶん今に始まったことではなく、ガストロノミーが上流社会における一種のステータスであった19世紀からずっとそうでした。ガストロノミーの定義が明確でなく曖昧だというのは、そういう意味です。それを是とするか否とするかは別として、そこにガストロノミーの本質が潜んでいるように思えます。
ガストロノミーの歴史を探ることによって見えてくる真実の姿というのは、まさにその本質に関わることです。
では、ガストロノミーの生い立ちを見ていくことにしましょう。

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